自己解釈
1
「奥の細道」の故事に倣い、モロッコへ旅立つ夜に、庵の柱に懸け置きし冊。
2
旅立つ時も丁度同じ美しい月の夜だった。期待に弾む帰り道だが、暗い夜道の大きな自分の影に驚く。少々心細くなり、足早になると、待つ人の家の庭先からであろう、甘くやさしい木犀の香りが温かく出迎えてくれるように仄に漂う。
3
この一年の思い出に染まる紅葉よ。生命力に溢れた春から夏を過ぎて、秋は物思いの季節でもあります。
4
もみじが数葉、清流に落ちる様。流れに乗って水面下の魚影に、まるで紅葉襲を着せるよう。
5
おなかいっぱいの海ガメは、ちょっとひと息と思い水面に首を出した。その時、昔大敵だったカモメがすかさず甲羅に乗り、昼寝を始めた。さあ困った。やさしいカメは動けない。このままでは陽焼けをしてしまう。
6
遠き灼熱の国に旅に出かけた友。その姿をみかけませんでしたか、とカモメに問うカメさんでした。
7
夏の午睡、本を読みながらのうたた寝。夕立ちにあわてて逃げ込む家の内。読みかけの本が雨に濡れる。寝てしまったのは丁度、玄裝の一行が灼熱の国に入ったところだった。彼らにもこの夕立ちを分けてあげたい。
8
西遊記といえば孫悟空。といえばきんとんうんと七変化。金と運は七変化のように風に吹かれて形を如何様にもかえてしまう虚しさがある。例えば賭博のように。
9
有馬記念も大ハズレ、すってんてんになってしまったお父さん。競馬場でしばし呆然と立ち尽くし、風が身体を吹き抜けていったが、やっと我に返り、家路に向かう。虚しさで一層寒さが身に凍みる帰り道、路地には夕食の匂いが漂い、家々からこぼれる灯りがひどく温かそうに感じるのでした。
10
貧しい市井の路地にも、一日を終えた安堵にやさしさの灯る頃。表通りの喧騒も、春の朧な宵闇に閉ざされてゆく。街角を曲がるともうそこは静かな春の宵。
11
小さな町の路地裏にも春の祭りの喧騒が響きわたる。ふとしたところに花びらひとつ。手に取ると、この花びらの行方にも春の訪れの慶びがいっぱい詰まっているように思われる。
12
舞い込んできたひとひらの花びらに、お釈迦さまの顔もぱっと華やいで、まるで微笑んでいるかのよういでした。
13
闇の訪れ、鈴虫は心地良い草布団を見つけて得意の美しい音色を響かせた。あれ、いつもと違う。とどうやら場所を間違えた。ここはお釈迦様がよこたわる岩窟のよう。鈴虫は蓮の葉の上で鳴いていたのでした。
14
蓮の葉に結ぶ露を甘露と云ふ。湿気が多く露が沢山降るのを時雨に譬える。 「もる」は「盛る」でも「漏る」でも可。秋の夜長を夢中で鳴いていた鈴虫。露が降りてきて、はじめて夜の明けるのに気づく。
15
昨夜は秋の夜長と、本を読み始めたら、物語に引き込まれてしまい、ついに夜明けまで夢中で読んでしまった。今日は陽も部屋に長く差し込んで来て、気持ちの良い小春日和。陽だまりでまた物語の続きを読もうかと本を持って来たが、いつのまにやら眠ってしまった。
16
陽だまりのような色のミカンを見ると、縁側で祖母とよく一緒にミカンを食べたことを思い出す。皮のむき方、etc....。手のひらにのるミカンは祖母の温もりそのものだったのであろうか。
17
月代は、月の出が近づいて東の空が仄白い様。裏から来る客は、よほど親しい人か、ご近所の方。はたまた、表門は敷居の高い理由ありの人か。ここは、月見に訪ふお客としておく。月見の支度をしていたおばぁちゃん、裏からの声に急いで応対に。縁側には早初物の青いミカンが転がって。月見に寄せる温かい心使い、まるで少女のように月見に浮きとなっている可愛らしい祖母の様子。
18
名月を楽しもうと集まって来た客人たち。宴もたけなわ、月影もさやかに皆の顔を青白く映し出す。月明りのなかの舞いも唄も、なにやら幻想的で、それはまるで海底での出来事、龍宮城の宴のよう。
19
お伽話で聞いた龍宮城への海底の旅は、シャボンの泡が舞い上がって行くような夢の世界なのだろうか。子供の想いは膨らむばかり。
20
日光にあたると七色に輝くシャボン玉。その中に夢を乗せて日差しを伝い昇り、春風に揺れる。シャボンといえばポルトガル語。華やかな王朝のリスボンを目指し、イベリアの丘 陵を旅する人物が、高い日差しの午後、とある村での子供達の遊びに己が夢をも映す。
21
イベリアの丘から見下ろすと、輝く海原を白い帆船が風をいっぱいに受けて疾走している。期待に胸膨らませ、黄金の国ジパングをめざした頃のようだ。
22
鳥たちはいつでもどこでも道先案内人。万事を教えてくれる。空高く、ひばりの歌声は野山に木霊して、野に遊ぶ者たちに待ちわびた春の訪れと歓びを告げてくれる。
23
長い放浪の旅も終わり、今は里で妻とゆったり満開の桜を楽しむ平穏な日を送っているよ。
24
春の霞に野山も朧。細い小道も消え入りそう。穏やかな春の一日。