連句表紙頁

自己解釈

評者 不易

一座の皆々さま

六日はや睦月は古りぬ雨と風  内藤鳴雪

ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。
今年もよろしくお付き合いの程、お願い申し上げます。それでは新巻を始めさせていただきます。不易

1,年若き甥っこたちに、新しいゲームのこと、その他世の中のこと「こうすればいいんだよ」と教えられることの多かった、我が年明けでした。
瑞菜さまより早速に発句を頂戴いたしました。
負ふた子に教えられ、といったところでしょうか。
さりげなくご自分の名を盛り込んで、句姿よくま
とめていただきました。

2、幼子の知恵は梅の木学問、そのままでは大木にはなりません。それを大樹に育てるのが老人の役目。何々、まだまだ一花も二花も咲かせませうぞ。
それでは、山穂さまお続けくだされ。春をもう一句。
今回、瑞菜さまにはお役がございませんが、立句とともに連中全員の句を受けるということで、正客への挨拶とさせていただきました。ご賢察のほどお願い申し上げます。

3、度々お手数をおかけしまして、申し訳ございませんでした。本年もどうぞご指導をよろしくお願い申し上げます。
それでは、本年初の句、気持ちを引き締めてまいります(緊張しますです)。
英知を得、更なる可能性を求めて未知への世界へと旅立ったのは初冬の頃だったか。早、季節は移り変わり、旅の随所で春の喜びを感じる様になった。
いかがでございましょうか。
結構です。「第三の事、前の寄所は大方に候とも、一句の柄を長高く大様に遊ばされ候べく候。第三は、大略、て留りにて候」(至宝抄)「脇の句に能付候よりも、長高きを本とせり」(連歌教訓)「師の云く、大付にても転じて長高くすべし」(三冊子)丈高くおおらかに付けていただきました。て留めにもご留意いただきまことに結構。

4、三句目なかなかつけにくくござりまする。
初表ゆえきれいにいかなくては、また、得意の恋句で大志ある若者を色香に迷 わせてもいけないし。
ということで、
大志を抱けど、真理は得難く、孤高な営みからしか得られないのです。広い世 界におのれひとり。いやいや、もっとスケールを大きく、銀河のほとりをとぼ とぼ歩くが如く。若者は悩まなければいけないのです。銀河=天の川=秋
新詩体みたいだけど。振られた牽牛に見えるかなー。初表だから恋句はいけな いのです。 
通りますでしょうか?
蕉翁主催の歌仙においても、初折りの裏入り早々に恋を呼び出した例がございます。
当新都玖波は歌仙と比べて十二句も少のうございますれば、恋含みも許容の内かと。
もっとも「旅」と「さまよう」で風狂、さすらいの体です。次句の仕様によっては恋句とはなりませぬ。このままで結構です。
季離れも前句の「春立ち」を打ち消すことなく「銀河」で対応していただきました。
「銀河」は天漢=天の川で秋ですが、前句に添うて「星雲」「星座」とも捉えられます。雑に近い秋にしていただきまして、月の出を妨げることなく無難なる付け運びいたみいります。

5、さて、月の句でございますが、先に申し上げず申し訳ありませんでしたが、この巻では発句に「睦月」が出ております。マンスの月でムーンとは実態が異なりますが、俳諧では六句の内に月の字が重なるのを嫌います。先に月の文字が出てしまった場合は、月の定座では月に変わる異名を用いるのが定法となっております。(ex「桂男」「玉兎」「有明」等)ただし、あまり異名に拘ることはありません。各人の工夫で月を連想させる句づくりであれば結構でございます。誠に恐縮ですが月の字をはずしての改訂をお願いもうしあげます。なほ、句姿、句意の捉え方はとてもよろしいかとぞんじます。恐々謹言平伏 易
遅くなりましてすみません。ヒントをいただき出来ました。
深い眠りのなかで、いったい何処まで行ってしまったのだろう。夢を見たのであろう少女の睫には朝露のような涙が...。
おやおや、恋句仕立てになりましたね。結構です。
連歌では恋句は五句ぐらいは続けなさいといっていますが、蕉門では一句で捨てもよいことになっております。今回は初折りの表でもありますので、次の瑞菜さまには恋離れでお願いいたします。季はもう一句、秋をお続けください。恋句については蕉翁も大切に扱っておりますが、勅宣に反してでも連歌で決められた恋の句の形態には拘ってはおりません。特に元禄四年以降は「軽み」の方向にむかっているためか、一巻の中で一回というのが多くなります。元禄六・七年では恋句のない巻も登場しています。恋は本質が濃厚で執着的です。恋句の艶麗な気分は「さらさらと浅き砂川の流れ」という「軽み」の理想にはそぐわなくなってきたためかもしれません。といってもそこは俳聖。えっ本当にあの芭蕉さんの句ですか!?と疑うほどの妖艶な恋句が多いことに驚かされます。折りがあったら、蕉翁の恋句だけを選んで鑑賞されるのも一興です。

6、朝早い秋、月がまだ残る東の空を見上げると、椋鳥が束になって悠々と渡っています。
曾良の句に「浦風や巴をくずすむら(群)千鳥」というのがあります。伝統的な千鳥の鳴き声ではなく、群の生態・飛ぶ様を写したところに俳諧があるとされています。椋鳥も雲霞のごとく群飛ぶ形態を詠んでも面白かったかも知れませんね。

7、いまようやく海路で故郷へ帰ることになったが、遅々として進まないように見えてもどかしい。ねぐらへ帰る椋鳥のように、東の方角にあたる故郷へ飛んでいけたらなー。
雑で季移りのお支度、いたみいります。情景も海浜へと移していただきました。一巻の進行具合のもどかしさも伝わって参ります。(自戒)。

8、こう暑くてはもどかしくても焦ってもダメです。ここは南国、のんびりと休みましょう。ゆっくりとカラカラ鳴る氷の音を聴きながら、グラスにかいた汗と額の汗と遊ぶ至福の時。さて、グラスの中身は?ご想像にお任せします。
南航路の甲板上の雰囲気もありますね。結構です。上七は「グラスも」にされると前句とのつながりも、情景もよろしいかと。まあ、次が付けやすいこともありますが。先達て行きました函館の海岸には啄木の銅像がありました。蟹と戯れていましたが、汗はかいていませんでした。それでは、続けます。

9、寝かしつけた後、オールドファッションドグラスを片手に子どもに寄り添い寝顔を見ながらの一杯。寝苦しそうな小さな額にそっと手をのせ様子をみる。少し汗が浮いている。子供の小さな病気は心配でもあるが、少し幸せな気分もある。
それでは、海さまお続けください。花前です。次の花にさし障りのないように、なるべく植物ものは避けてください。季は春で。                    

10、子供の風邪で潮干狩りに行けなかった。朝食の支度をしていると丁度浅蜊売りの声が...きょうは浅蜊汁にしよう。
海さま、お待ちしていました。いったいどうなる事かと思っていましたが、何とかまとまったようですね。結構です。浅蜊で春を、夜の情景を朝のそれに変えていただきました。昭和30年代にはまだ、いろいろな物売りの声が町の中にはあったような、ぼろげな記憶がありますが現在ではもうすっかりなくなってしまったのでしょうか。テレビからは間断なく喧しい物乞いの声が流れてはいますが。それでは、大変永らくお待たせいたしました。山さま枝折りの花をお願いいたします。         

11、活気ある声に惹かれて出かけた。あちらこちらで花の盛り、祭りで賑わっている。花舞いの美しさに重なって、女性もみな、花を着飾り舞っているような美しさに見える。
山さま、お早いことでいたみいります。結構です。前句とのつながりがいまひとつの感はありますが、此処は花の座の独壇場。速さと言葉のテンポのよさということで、お通しいたしますです。前々句からは離れて、前句に添うように付け運び、前句を引き立てる心遣いもお忘れなく。次は折端です。山さまのおかげで付けのリズムがでてきました。とぎれることなく瑞さまよろしくお願いいたします。春が三句続きました。もう一句位は春でも許容範囲ですが、季移りもしくは雑の句のほうが全体の変化が出るかとぞんじます。ただし、裏入りの表は月の定座もありますれば、秋はお避けいただけますよう。よろしくお願い致しますです。

12、日中は、華やかに楽しく、美しい桜とともにひと時を過ごしたが、家路に着くと相変わらずの一人。いつもの淡々とした日常に舞い戻った。また、こうした蟄居が続くのだろうか。
前句の大衆に対しての個、騒に対しての寂、前々句の朝に対しての夜。対比の付けのようですね。良いと思います。「一人食する」が少々説明的かとは存知ますが、結構です。「一人」は平仮名にいたしませう。情感が柔らかくなりますです。漢字をあてると「おばさん、一人前ライス大盛りね、腹減てるから速くしてね」てな事にも情景が広がり過ぎる場合もこれあり。・・・・「ひとり食する夜の帳に」いったい何を召し上がっているのでせうか。それでは、いよいよ(ようよう)裏入りにござります。月末のお忙しい折、誠に恐縮ではご在ますが、海市さま由なに次を。続いて14濤師15瑞さま16山さまの順にてよろしくお願い仕ります。

13、庭の薔薇が咲き始めたのだろう、ガラス戸を開けると薔薇の香りが部屋一杯に。縁側では猫がこの薔薇の香りに包まれて微睡んでいる。薔薇の香りを独りで満喫する夜となりました。
お待ちしておりました。皆々さま裏入り頂きました。結構です。打越が花の座でありましたので花モノはうるさいかも知れませんが、花の前ではなく後であるので由としませう。縁側とネコで日向ぼっこのような景色もありますが、薔薇が主体となっているようですので、ここは季が夏となりました。とても静かな夜のようですね。それではお待たせいたしました濤青さま宜しくお願い致します。

14、前句は、好々爺夫婦のイメージがありますので、それをテーマに。のどかに過ごす風情の老夫婦の家に薔薇が咲いている。薔薇を育てていた娘は嫁に行ったというがそちらからの便りはもうないそうだ。人の世は外見からは計り知れないものがあるのですなー。お粗末。
皆々さま、早速に折立てを次いでいただきました。結構です。内容が込み入ってきて、状況が複雑になるのを避けるためにあるのが遣句です。次句が付けやすいように、場面が展開しやすいように運ぶのが遣句の良さです。余り多用されては困りますが、今回は全体の停滞を断ち切るために軽々と付けていただきました。まずは速やかなるご進行を。

15、便りの来ない娘一家も元気に暮らしているようだ。特に子供たちは秋の澄んだ日差しの中、元気横溢、たくましい限りです。
十五句いただきました。結構です。月を控えて秋に移していただきました。ただ、「子供らが」の「が」が説明的なのと、「踏みしめ」の「め」が強すぎるように感じます。前々句の海さまの句(縁側で猫まどろむや)の「で」もそうでしたが、余り限定した状況を創ってしまわない方が次句での広がりがあるようです。前々句は「縁側に」「縁側の」としたほうが周囲の状況に幅ができますです。瑞さまの句も、「子供らの」「踏みしむ」と状況をぼかされるとよろしいかとぞんじます。「麗(うららか)」は春の季語ですが、秋を冠してのご使用、面白いとおもいます。秋晴れの穏やかな日のようですね。高い空に子供たちの元気な声が吸い込まれてゆくようです。

16、昼間元気な子供達が踏みしめていた地面=偉大なる大地。その遥かなる大地を夜汽車で遠い町へ行く。車窓には夜空に広がる満天の星々が映る。喧騒も消え静寂な夜に響く汽笛を聴きながら美しい流星を指でたどって心を和ませる。
結構でしょう。銀河鉄道風の星降る美しい夜のようですね。「車窓に」の「に」は、接続助詞のようにみえますが、接続詞は多分に解説的になってしまうことがありますので、使い方には気をつけましょう。ここでは余り気にはなりませんので、このままで。助詞は格助詞にして用いると全体がぼけて風情が増すようです。「辛崎の松は花より朧にて 芭蕉」この「の」「より」「にて」が格助詞です。「は」は係助詞。全体がなにやら判かったようで解らないような、何とも言えぬ風情が醸し出されるではありませんか(なんのこっちゃ?)。

17、月も沈む時刻になっても眠れぬ夜。様々な想いが去来する。夜汽車のことも。時計の音だけが暗闇に響く。
おっしゃるとおり、「時計の音」では俳味に欠けます。音を出さずに音の質までを感じさせる、まるで蕪村翁のようですね。ただ、定座での落月、無月は少し寂しい気もしますです。

18、まだお若いのに山寺に籠もる修行僧の夜。庵主は尼僧を指す
場合もありますが、こうなるともう少し意味深な色っぽさも
でますです。お次の方のご解釈しだい。

19、心を決め、髪を落としてから初めての冬を迎える。落とした髪への想い・はかなさに、つい引きずられてしまう。布を纏っていても首筋に刺す時雨の冷たさは、若き身を引き締める。
十九句いただきます。チョイト艶っぽいでげすな。いいですよ。ただ、「時雨刺す」は「時雨差す」にいたしませう。鋭い方が良いというお気持ちは解りますが、陽は「射す」、月は「差す」「冴す」と光の明暗を分けて使われます。「月刺して」では「一家六人皆殺し」などとふとどきな下句がでるやもしれません。時雨はぼんやりの風情、山さまの句、上五中七で充分人物の情感は察せられますので、穏やかに結ばれてはいかがでせうか。

20、おや、棒手振りの商人にしては高貴なマフラーを羽織っておるではないか。時雨くる路地を過ぎるその後ろ姿は、はて?前句の女人と思しき人物をいわくありげな男子に。山里を市中に置き換え。忙しいので、海さまの「浅蜊売り」を拝借。困った時の「路地」でご無礼。

21、物売りの掛け声につられて、ついついチョコレートを買い込んでしまった。     この際、誰彼かまわず、贈ろうか。数打ちゃ・・・とも言うし。
いささか破調ではありますが、時の勢いということもございます。このままで

22、チョコレートを配りまくっても反応はまったくなし。落ち込む娘に、故郷から小荷物。 北国も春を迎えた。 くるんだ地元紙が懐かしい。自分を思ってくれる人たちがここにいる。
残りわずか。草々に花前頂きました。なかなかに結構なものであります。新聞紙の使い方が絶妙です。

23、誰かに見られているような気がして、蕨摘む手を休めてふと目にする桜の一木。花影に様々な日常(新聞)の記憶が交差する。

24、うららかな春の日、池に波紋が...。すっかり温くなった池のなかで、鮒があくびでもしているのだろうか。