自己解釈
評者 濤青
一座の皆様
1,早く飲みたいので、年明けそうそう勝手に正客で押し掛けました。お許しください。
正客 初春 春来ぬと明けて眩しき去年の雪 不易
大晦日の雪は二十年ぶりとか。一夜明けても春は名のみ。
まずは新春を言祝ぎ、ご祝儀句で。
不易さま
発句を戴きましてどうもでございます。
新春を言祝ぎこれにまさる発句はございません。
当日は拙句から、立て板に水、トタン屋根の融雪のごとく、ドドッと運ばれるものと推察いたしております。
ふつつかながらこの巻の宗匠役を務めさせていただきます。
よしなにお引き回しのうえずずずいーっと乞い願い上げ奉ります。
----元旦にしかつくれない目出度い句。時宜にかなって明るい幕開けとなりました。当世の写生句にもなっていますね。--青
2,この雪で、句会に来るに、さぞかし難渋されたことかと、客を案じてかつ冷やかして。 ----先生もお歳ですからなー。--青
3,梅の枝に託すは受験生の思いか。蓬団子をこねて待つ身に、時を知らせる鐘の音に耳をすます風情を
山穂さん苦吟しましたが、鐘に救われ、いい句ができました。情愛あふれる句と見えます。静止した情景が浮かびます。
4,鐘の音に静止するのは、庭先の鶏も同じ。
伊藤若冲の絵を思わせる鶏の一瞬の所作に、凍れる時間を表現して緊迫感を強調した秀句
5,前句の静寂感を受けて。
蘆の舟は、南米はチチカカ湖の蘆舟ではなさそう。蘆の葉が一枚静かに流れて水面に映る月影も崩れない静けさと見るべきであろう。
達磨大師の故事と見るのも一興であろう。ことのついでにその故事とは、
蘆葉達磨について
禅宗の開祖・達磨大師の生涯は不明ですが、インド生まれで仏法普及のため中 国に渡ったといわれています。おおよそ520年ごろのこととされています。
海路を用いての長期航海の末、船は中国南方の広州(現在の広東省、香港やマ カオの辺りです)に辿り着きました。当時の中国は、北に魏、南に梁という国 がありましたので、梁に到着したわけです。
梁の皇帝・武帝は、熱心な仏教信者でありましたが、どうも武帝と気が合わな くて、達磨大師は長江を渡って飄然と北へ行ってしまいます。そして、長江を 渡るときに一枚の蘆(あし)の葉っぱの上へ乗って行ったのです。それを「蘆 葉(ろよう)の達磨」といいまして、中国や日本では格好の画題となっていろ いろ描かれていて、目にする機会もあるかと思います。ちょうどサーフボード に乗るように足を前後にして一本の蘆の枝に乗ってます。サーファーの守り本尊になりそうですな。
6,月光に照らされた明るさから転じて橋の下の闇の世界へ
明暗の対比を表出。どんな人物が想像されるか
7,新年早々の新年講評会お疲れさまでした。豚半身のフランス串焼きにワインと洋酒。美味しくいただきながら、新巻の快調な滑り出しを期して皆さま楽しげに苦しげに嬉しげにと、さまざまな表情で進みましたところ苦しげな私のところで持ち帰りとなりましたので・・・。
静寂無音の第五句、六句につづく変化を考えまして、夜露が残る日本の野山に、東の方から朝日が顔をのぞかせ始めると濡れた薄羽根が乾いたのか、光の中に一斉に赤蜻蛉が舞い上がる自然界における小さき命の元気な姿。朝の斜光に頭を向けて赤蜻蛉はみな同じ方向を向いていました。七句でちょっと流れに勢いを付けられたらと願いました。
早速のご連絡、七句目を頂戴いたしました。
七句からは破調で進み、一巻でもっとも楽しいところで、
様々な展開・技法を駆使していくところです。
裏入りの一句、場面の転回が誠にダイナミックで結構です。
鋭い自然観察のたまものですね。一度遭遇してみたい光景ですね。
なんだか私には、鬼畜米英に立ち向かう加藤隼戦闘隊が比翼に日の丸を煌めかせていざ出陣に勢揃いしている様がまざまざとよみがえってきますなー。歳ですなー。
8,講評会は穏やかなひと時でとても楽しかったです。ペルノを頂けるとは...、感激の至りでございました。不易宗匠様には数々のご面倒をおかけ致しまして申し訳ございませんでした。大変お疲れさまでございました。引き続きご指導をよろしくお願い申し上げます。
それでは濤青宗匠様、あらためまして厳しいご指導をよろしくお願い申し上げます。新年始めの一句でつまづきまして先行き少々不安を感じましたが、心を入れ替えて頑張ります。秋をもうひとつ、よろしいでしょうか?
辛さ勝負か、はたまた大量の辛子料理作りか。目の前のこの辛子の山をいかにやっつけるか?睨み合いが続きます。またまた色からの連想と沸き上がるイメージがこのようになっちゃいました。いかがでございますか?
悪天のため外出もならずということでしょうか、休日にもかかわらず早速と句 をいただきました。
秋は、四句までは許容できますのでかまいません。
赤とんぼと唐辛子は浅からぬ因縁がございますので、連想は自然の成り行き、 すんなり続きます。
余談
赤とんぼと唐辛子を唄った知られた歌があります。
酔っぱらいが、
「赤とんぼー、赤とんぼー。羽をとれば、とんがらしー、とんがらしー。「とんがらしー、とんがらしー。羽をつければ、赤とんぼー、赤とんぼー」とこれだけを唄ってよろよろと登場するところが落語のネタにあります。これを口ずさんで八句をみると滑稽味が出ますね。睨みを利かす、も利いてきます。その辺をご承知でつくられたと推察いたしております。
次は、不易さんです。次句が花前ですから、季を移していただきます。よろしく願います。
9,雨宿り、買わずに借りる軒下。店の唐辛子が睨んでいるような。はたまた、謹慎中の身の上、浅草の灯が恋しいが、ピリ辛の親父さんの小言が睨みを効かしている。 いかがなもんでせうか。
◆達磨さんのお話・エピソード2
禅籍の『碧巌録』には、天竺から支那に渡った達磨さんが、当時、仏教オタクで最大の擁護者と自負していた梁の武帝に会った時の様子が載ってます。それによりますと、武帝が「如何なるか是、聖諦の第一義」と質したのに対し、達磨さんは「廓然無聖」(かくねんむしょう)と応えたと云います。どういう意味なのかは迂生にはわかりませんが、まぁ言ったことには違いがないようで。続いて武帝「朕に対する者は誰ぞ」に対し、達磨さん「不識」。こちらは何とか判ります。「ああたね、んなこと識って何の役に立ってえの」てなところでせう。「不識」と一蹴した達磨さん、たった二問で武帝の器量を見透かすと、さっさと江を渡って少林寺に引き籠もってしまったそうです。武帝はこれを惜しんで後を追わせのですが、面壁九年、とうとう山を降りなかったということです。
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◆達磨さんのお話・エピソード3
其角の『五元集』には上記の故事に則った句があります。
―――武帝には留主(るす)と答へよ秋の風―――
へなちょこ武帝に後を追われるのは迷惑至極「使いが来ても居ないといっとくれ」面壁から思わず顔を逸らし、玄関の小僧にガ鳴る達磨さん。季は秋。つれなく吹く秋風に修禅の厳しさを重ねる。また、秋は「飽」に掛けるとも。前書きは「背面達磨を画て」とありますが画ては自分で描いたのではなく背面達磨図を勧賞してなのでせう。どんな達磨図だったのでせうかね。迂生は、自ら左腕を切って精進の証とし、後に第二祖となった慧可の物語を描いた雪舟翁(?)の図を連想しましたです。画面下の腕をささげた慧可の悲壮な<なさけねぇ>表情が印象的な墨画でしたが。
結構です。九句目いただきます。
お得意のご当地ソングですな。
秋から冬、そして春へと巡りへの配慮、誠に深謀、痛み入ります。
達磨禅師の故事、興味深く拝読。
雪舟の「慧可断臂図」を見ると、ご進物にこんなの貰ったら達磨さん困ったろうななんて考えてしまいます。が、雪舟の中でも好きな絵です。達磨の太い描線がいいですね。
10,さて、恋の呼び出しのようですから、
次の花前は、薬研堀の住人は、大方薬関係者なので、薬草採取の若者とみて、朗らかな健康的な出会いを。娘はコと読みますが、下は字余りで。
11,テンポの良さについて行けますかどうか...。盛り上がりを期待されるとの宗匠様のお言葉をいただきまして、つい、調子にのって勝手に盛り上がっちゃいました。あまりに短絡的でしょうか。
風と花にのってどこからか人が自然発生。飲めや踊れやで宴は最高潮。美しい花笠の輪がいくつも。最初は顔を人にしたかったのですが、前々句に登場されていた事と、顔もなにか想像しやすいかなあと勝手に思い込んだ次第です。
リメイクしていただきました。盛り上がってとけしかけたのがいけなかったのかも知れませんな。反省。初折りの花の句いただきます。桜を見て笑みがこぼれるさまが自然に詠まれています。淡々として味わい深いものがあります。次は、影左さんです。春をもう一句ですね。よしなに。
12,笑顔が踊る喜びからの結婚の喜びへの転化、まことに結構です、が、花嫁は立派な恋句ですね。全体の流れからすると、九、十が恋句で、十一句で恋離れしたところですから、焼けぼくいに火がついたようで恋のぶり返しはよろしくないですね。
ちなみに恋句は、
普通、2〜3句は続けて、再出は3句去(間に3句)ぐらいが適当とされています。
また、初折りの、表には出さず、裏に出します。裏に恋句が無いのを素裏といって嫌います。発句が恋句のばあいは、構わない。また、花前には遠慮して(花の作者を拘束しない)、花では恋を出すことは構 わない、とされています。
初折りの恋は、淡い恋を、名残(残り12句)では、濃厚な恋を、と変化をつけ ることも考慮されています。
昔から、出物腫れ物所構わずということで、恋は、しちゃったんだもの、とい うことで、定座といった場所はありません。
一巻に恋句がないのは無粋とされ、恋句は重視されています。かの芭蕉翁は恋 句の名手といわれておりました。
続けて春を・・・と申しつかりまして・・・春の季節に浮かれ気分がつのりまして、つい恋を。詠いやすさに引っ張られました。浮かれ過ぎを自戒する意味も込めまして第十二句をお送り致します。
海中の生き物の中では、かなり賢いと言われる蛸も春の海にくねりくねりしているうちに難問を抱え込んで身動きできぬという海中風景です。
十二句目いただきます。ご再考いただき恐悦至極でござります。はたまた、絡み合ってなかなか解けない難しい句ですね。
筵の編み目のように絡み合って、と解釈すればよろしいのかな。
それとも、絡まりあうように踊って、とか。
鶏、トンボ、蛸と生き物シリーズみたいですね。次は何が出るのか楽しみです。
ということで、次は裏入りの句です。
私めですが、からみあってなかなかほぐれません。
暫時お待ちあれ。
13,では、裏入りの句です。苦吟しました。絡まり解けぬのは人の世の交わり。人事の季節を迎えて、ひそひそ話があちこちで、手に芋粥すするは下っ端の寄り合いか。また、冬に戻ってしまいましたが、秋まではまだ間があるのでよしとしました。
14,額を寄せ合うは一揆の相談か。米が獲れずに芋で代食。まずは越訴と衆議が決まる。俄の雨をついて密かに江戸へ。藤沢周平先生の「佐倉惣五郎」の物語を敷く。ようするにパクリもので御免ください。
十四句受領いたしました。快調ですなー。事の後先、事は順番に運んでますな。
次は、影左さんよろしく願います。
前二句は一体となってますから、一揆関係から離れないと打越になってしまいますので。
後ろ二句目は月の定座ですので、そろそろ、秋の気配などもほしいところです。
山穂さんが短句でいきなり秋の苦闘を軽減する思いやりも必要かと。
15,観光客で賑わう京の景勝地渡月橋に良く見受ける托鉢僧の姿。いま乱れに乱れる社会の世直しのためか自分のためか、橋の上に無言で立つ修行僧。黄昏時になって、今日はたっぷり托鉢の成果があがったのか、空振りだったのか人ごみの中にふっと歩みだす。秋の風に押されて何処の寺にもどるのでしょうか。
結構です。十五句いただきます。末法の世の憂いを感じます。にじゅう坊主がでれば月が出やすいです。これは冗談です。
お次は、山穂さんです。よろしく願います。
16,橋の先を急ぐ人の足下にも大きな葉がはらり、はらり。気ぜわしさのなかに秋を深く知る。いかがでございましょうか。
きれいに付きましたね。控えめに抑えて、静かに月の出を待つ橋渡しの役を努めていて秀逸です。憂いを含んでいて、次なる展開も示唆するようです。
では、お待ちかね、不易さま、月の出です。
初折りの月は静やかな月でしたので、ここはすこし跳ね上がった月がほしいところです。
よろしく願います。
17,今朝、開けましたら既に迂生の番とかや、いやはや皆々さまには恐れ入りますです。
月です。跳ね上がってとの仰せにございますが、跳ねる―月、とくればこれはもう兎ちゃんですが、これでは先を読まれたようで興がないと存じましての苦吟。お通しくだされますよう平に。
下ばかり見ながら急ぎ足、ふと足下に花の影法師。見ればどこぞの庭か菊の大輪が咲いている。気がつかなかったが辺りはいつやら煌々の月明かり、思はず見上げる満々の月。この大輪、もしやあの大きな口を開けたようなお月さんが?
まことに結構です。
菊には杯がついていますので、月と一緒で月見で一杯、の役となりますね、花札では。10ポイントゲットというところでしょうか。
満ず=全てに至るという意味。期日、願い事などに使われます。満願などと同 じ使われ方。冗談はさておき、大ぶりな句作りの後をつけて、
18,昔、菊の栽培がはやり、隠居の趣味は菊作りといわれたものです。
比べものにならない不出来なものなのに、相手がほめてくれるものと勝手に思 う利己主義者。
こういう人周りにいませんか。他意はないと思うんだが、うれしさのあまり、 相手が傷つくことなど無頓着。
さて、なめらかな進行で、はや名残の裏入りです。
ここは一巻の白眉、力が入るところです。匂いの花、挙句と要の句が登場します。
また、この裏で気を配っていただきたいのは、恋の句です。
初折りの裏では、定石通り淡い恋を詠んでますから、ここでは濃厚な恋をぜひ 詠んでいただきたいものです。最低2句はほしいですね。季節を変えて。
19,思い込んだら命がけ。孫娘がはるばる追いかけて行った男は言葉巧みにあの手この手で惑わします。でも悪気なんて一切ないですから。ラテン男の特権ですから?
今朝は船橋でも雪が降りました。何やら天気も気移り激しいようですが、皆様お風邪など召されぬよう、どうぞご自愛くださいませ。
孫からの展開ですが、場面の変化をつけたところはとてもよろしいですね。一気にイタリアに飛びましたかな。川柳に陥らないところのギリギリですが。ナポリ男の名誉のために、そんな男ばかりじゃないよと。でも、イタリア男だから当然か。さて、恋の呼だしです。
20,山穂さんの濃厚なイタリアンにあっと驚きました。
いずれ、恋は夢の世界かと、夢の時間を舞台に繰り広げるオペラの甘美な楽しみの時間に場を移し、その夢の時間を満喫。やがて、幕が降り。
名曲の余韻のままに劇場を出ると外は星空。
夢の内外です。
誠に結構でございます。
寄り添う二つの影、恋の余韻が静かに漂います。
昔、パリのオペラ座付近で、夜明けごろ迷子になって一つの影で寂しい思いをしました。では、次は私めの番です。強めの恋をと思ってますが、しばしご猶予を。
21,二つの影は、裏通りの安宿に向かいました。寂しい恋の行方は?
暁靄=暁をむかえる頃のぼーっと霞むモヤ。
春めいた気運で花前を迎えます。
22,河面に浮かぶ早暁の蜆漁の舟影。対岸に薄っすらと浮かぶ家並み。ホテルはリバーサイド。舟を舫う蜆掻きの背には辛苦を経た男の渋みが。
結構ですな。孤影が浮かびます。川沿いリバーサイドですね。
23,暖冬予想にもかかわらず一月の降雪回数は平年平均を超えている。杉花粉は例年何十倍にもなるでしょう。気象解説ニュースは言います。すると今年の桜は、どうなりますやら期待と不安の両方。都会でもきっと例年になく見事に桜満開の時をむかえるでしょう。そこに、無慈悲なる春の嵐も襲いくると数万枚にも数億枚にも見紛う花びらの洪水が神田川に薄紅色の天の川を出現させ。
花見にうかれた赤鬼青鬼も神田川の普段は薄汚れてみえる水面に敷き詰められた花びらの絨毯を発見して季節の造形力の見事さに口をあんぐり。息を呑む顔、顔、顔。こんな光景も期待するのですが。
結構な匂いの花です。強さと、美女と野獣ならぬ対比の妙も秀逸です。匂いの花では、あまり強い意を込めない作りが一般的ですが、新しいものを作り出していく我らにとっては、新奇・奇抜は大いに尊ぶべきだと思います。では、最終、挙句です。山穂さまよしなに。
24,こんにちは。今日はいつもより少し暖かく、よけいに春の到来を待ち遠しく感じますね。あっと言う間に挙句を迎える事となりましたが、振り返ってみると余裕がなく進歩もないなーと反省しきりです。それでは最後のお役目、勇気を出してまいります。
花満開、春爛漫。あまりに長閑で普段は鬼のような人も顔ゆるみこっくりこっくり。あれ、ここにもあそこにも。何はともあれ嬉しい春です。
のどやかな挙句で結構でございます。さて、終わりよければ、ではありませんが、一座の皆さんにお引き立ていただきまして、一巻を成就することができました。感謝申し上げます。
以下全句を並べておきます。こうしてみるとなかなかでございますなー。
自己満足。
止