連句表紙頁

自己解釈

評者 不易

不肖ながらこの不易めが今巻の差配をとらせて頂きまする。実り多き、また新機軸を打ち立てる一巻との意気込みで望みますれど、皆々さまの息の合った連衆ぶり、ご支援、ご叱咤が頼りにございます。なにとぞ由なにお付けあそばされますよう御願い上げた奉ります。
さぁて、始めましょうか。まずは、手ぐすね引いておられし正客・山穂さま、発句をお願い致しまする。

1,新たな巻の始まりに際し、お慶びを申し上げます。
宗匠さまをはじめ、皆さま、厳しいご指導を最後までどうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、発句のお役目を賜りましたのに、上手くまとまらず、遅くなりまして大変申し訳ございませんでした。緊張感を解くために、世の中の祝賀ムードに便乗してやわらかいものになりました。発句にはふさわしくないでしょうか。宗匠さま、どうかお手柔らかにお願い申し上げます。
本格的な冬の到来に向け、暖かな部屋の中で編み物をしている。指先に垂れる毛糸の先には子供や猫が無邪気にじゃれ、戯れている。あれあれ、引っ張ってはだめよ。初冬のある日、幸せなひととき。
山穂さま 発句頂きました。有難うございます。引き続き、最後までご機嫌よくお付き合いの程、願い上げます。皆々さまにも、よろしくお願い申し上げます。
毛糸玉のようにふんわりと暖かな一巻になりますように、コロコロとテンポよく、じゃれあいながら小洒落た巻に仕立てられるといいですね。

2,と謳われる『炭俵』中の「ふか川即興」にも劣らない一巻に巻き上げましょうぞ、との意を込めて。
はたして、四俵でこの厳しい冬を乗り切られましょうや、皆々心を合わせてまいりましょうぞ。との亭主挨拶です。
因みに『炭俵』の序には「此集を撰める孤屋・野坡・利牛らは、常に芭蕉の軒に行かよひ、瓦の窓をひらき心の泉をくみしりて、十あまりなゝの文字の野−風をはげみあへる輩也。」とあります。今座の連衆にもこの四人に負けないぐらいの意気投合した呼吸があります。さても、気おらず、焦らず、ゆったり、飄々といつもどおりにまいりませう。
それでは、おまたせしました濤師、相伴の句をお次頂けますよう。挨拶二句、無事終わりました。第三、転じて、且つ季移りもお願い申し上げまする。

3,新たな巻の出立に、「炭俵」に互せとの仰せに身震いがする心地でございます。
炭俵がころがっているとなると、どうも講釈の話の方へ流れてしまう浅き身を憂えます。
炭小屋で転がっていたのはかのお人。
そもそも、赤穂と吉良の争いの元は、製塩の出荷にあったとか申します。江戸で評判の塩は赤穂だった。いまも赤穂の塩というのはございますな。廻船に載せられて、遠州灘を渡ったが風悪く、やむなく伊豆の妻良あたりで日和待ち。じれて待つのは、赤穂浪士だけではござりませなんだ。軽くてすみません。 
お相伴、頂きました。有難うございます。早々の返しで痛み入ります。
屋内から港または舟中の景に、炭俵から塩俵に引き違えて頂きました。舟中より炭屋の人の情をおもいやる様、違付けにて情景、想いが広がりました。結構でございます。
江戸の昔は小湊でも、近くには必ず日和見のための山、日和山があったと聞いております。「下り塩」は「日和待つ」で下り潮、戻り潮、潮目なども含んでおられるご様子です。
炭小屋から赤穂塩へのご着想。句作の面白さもありまする。忠臣蔵外伝には確か、炭や塩ではありませんが、俵星玄蕃なる槍の遣い手で討ち入り後援者もいましたなぁ。
それでは引き続き影左さま四句目をお次頂けますよう。立句、脇、相伴と気骨の折れる位置が過ぎました。四句めは思案に及ばず、軽く速やかにさらりとお付けあそばされますよう。また、月の座の前ですので、月が登りやすいお気遣いも願いあげます。もっとも影左さまは、再びの北陸行きと聞き及びました。お戻りの週末にじっくりとお作りになられても結構では御座いますです。

4,たいへん長らくお待たせ致しました。北陸に出張しておりました。名物の「こうばこがに」が今月から解禁になったとのことでしたがお土産はございませんで失礼致します。
旅先から戻りましたら新しい巻は好調な滑り出して早くも佳境の雰囲気の高まりが見えて腰が引けてしまいます。 
炭にしても塩にしても・・・日々の暮らしを支える生活物資。旅にでますとかえって大事なものに感じられます。そして,暮らしの中では炭加減とか潮時とかリズムとタイミングが大切。漫然と生きて来た我が身をふと振り返ると外の世界はすでに秋風の人生に気づいたり致しまして、
海藻の森の中、竜の落とし子が潮の流れに身を任せどこに行く当ても無しにゆらりゆらり藻とたわむれている。いつとはなしに陸地には秋風が色付いた木の葉を散らせています。思案に暮れず、さらりとーーーとの宗匠さまの仰せにのせて頂きさらりと。いかがでしょうか?
影左さま 皆々さま 遅くなりました。四句目頂きました。湊町・船中の景から、そのままドボンと海中へと転じて頂きました。水中から海面を見る目線は中々に面白きご視点にて感服。あたかも若冲の絵を観るが如き風情にございます。ありがとうございました。

5,産前産後に良く効くというがこの薬、良薬は口に苦しとはいうもののいささか閉口気味。
月の満ち欠けは地球の自然界に不思議な影響を与えます。潮の満ち干きはもちろん、多くの生命の誕生にも影響すると云われます。竜の落とし子は牡が腹の中で子を育て、満月の夜に孵化するとも聞きます。そこで、本当かどうかは知りませんが、漢方薬の竜の落とし子に注目。「落とし子」月満つ、「竜の落とし子」煎じる、「秋(飽き)の風」苦い。一句から、自−他−他−他 と続きましたので、ここは破調ですが自の句で目先を変えたいと思いました。ご容赦くだされますよう。平伏。

6,大変遅くなりまして申し訳ございませんでした。やっとこさできました。
とても難しゅうございました。またまた不調モードに突入の兆し、この先どうなるこ
とやら...。どうぞご慈悲を賜りますよう、お願い申し上げます。
今宵、見事な満月だというのに何が楽しくて聞いてなければならぬのか。そう、良薬の効能から話しは違う方向へ。延々と説法が続いているのです。溜息の連続、あくびを殺して虚ろな長い夜は更けていくのであります。
皆々さま 師走も近づく霜月、御機嫌様お過ごしですか。山穂さま 折端、頂きました。ありがとうございます。面倒な展開で大変ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません。深くお詫び申し上げます。
苦い薬を苦言に見立て、前句の人物の所作を聞きたくもない話を聞かされるお人に転じると同時に、月の灯りも取り入れて月を補完して頂きました。また、前句との釣合いをもご考慮頂き、二句一意になるようまく運んでくれました。感謝。句意の「延々と続く説法を、何が楽しくて聞いてなければならぬのか」とのご立腹。ごもっとに御座います。恐縮です。前句の一人合点、ご不快が有りましたら平にお許しの程を。 易低頭。
宗匠さま、この度は六句目をお通しいただきまして、また、過分なお言葉を頂戴いたしまして誠にありがとうございました。大変恐縮いたしております。
ここ数日、あまりの我が身の不甲斐なさにそれこそ溜息の連続、でございました。昨日は不思議な一日で、目や耳に飛び込んでくるものすべてが新鮮で、ハッとさせられる事ばかりでした。久しぶりに本屋めぐりなどもして、活字の世界へどっぷりと浸り、ようやく目が覚めた思いでした。何か栄養がたっぷりと蓄積されたような気がします。
かと言って、目の覚めるような良い句が浮かんできたわけではないのですが...。宗匠さま、皆さま、今後ともご厚情を、厳しいご指導をいただけますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。一変して今夜あたりから寒さが増してくるそうです。皆さま、ご自愛のほどお過ごしくださいませ。
山穂

7,世間は偽装建築マンション・ホテル事件であきれ果て、考えるだに気分の苦きことこの上なしのニュースばかりが続いています。
薬の味を噛み締め、物思いに耽る夜長も、幸いにして丸い地球に住める幸せか、時移り季節が転換することで新しい命の輝きと再び巡り会えます。
近年は、ハウス栽培の苺が多くなりましたが、石垣苺が日の光に真っ赤な実を光らせている瑞々しさは、子供も大人も「うゎ、おいしそう」と思いつつも、伸ばしたくなる手が止まるほどに神々しい風情を見せて実っていたものでした。
 田舎の段々畑に組み上げられた石垣。
雨上がりにふと気づく。 
慈雨のあとのしずくをまとった苺と出会う。まさにその時、石垣の間から生まれでたかのように、青い実と赤い実が競うように石垣から首を出して並んでいる。  
思索に浸る秋から転じて、命の恵みを単純に喜ぶ気持ちです。いかがでしょう。
影左さま 早々の返し痛み入ります。折立てにふさわしく、瑞々しい景で季を転じて頂きました。ありがとうございます。「ころりと」がこの句の眼目でしょうね。結構です。とても愛らしく爽やかな仕立てとなりました。感謝。
「光射して」から陽光へ転じての「雨上がり」。暗から明、陰と陽の対比をも包む。前句に添うと季は晩夏から初秋にかけて。初夏、日差し、と見るのは次句への含みを持たせたもの。ここはやはり「夜長」に曳かれて月光。夜半まで続いた雨も上がり月が戻ってきた。その光に照らされて旬を逸した苺がひとつ、赤い実を結んでいる。煌々とした月明かりの中で、眠れぬ夜を過ごす時代に遅れた男の影と重なる。「虚ろな夜長」に「苺ころりと生まれけり」。孤高であるが故の孤独、静謐であるが由の寂寞。清澄な静けさが広がる一首。それでは大変お待たせ致しました。濤師、宜しくお付け頂けますようお願い申し上げます。

8,影左さまの瑞々しき句に次ぐに、苦吟いたしまする。
ころりと生まれ出づるものすべて起承転結、喜怒哀楽、輪廻転生すべてめぐりて大悲観世音の微笑みに心至る時に人穏やかに残りの生を過ごせるのでは。
裏に入りましたので、神祇釈教を出させていただきました。いかがでしょうか。
「雨上がり」と「観音」で景は常陸の国は雨引観音あたりの苺畑か。また、「苺ころり」の赤と緑の色彩に対して、「観音の微笑み」で観音草(吉祥蘭)の淡紫繊細な花と実の紫を配し、前句の鮮やかな色調の挨拶に対して、こちら(付句)も彩りよく応えている。「めぐりめぐりて」「生まれけり」で、一巻、恙無く〔観音開き〕に陥ることのなき様との戒めも籠っているようだ。
【易蛇足】 観音さんとは、補陀洛山在住の観世音菩薩の異称で、勢至菩薩と共に阿弥陀如来の脇侍とされている仏さんだそうで、仏・声聞・梵天・帝釈・竜・夜叉など身を三十三身に現じて六道輪廻の衆生を救済するのがお役目とか。また、千手・馬頭・十一面など六種の観音さんをさらに配して「三十三身・六観音」とも。またまた、画題としても度々取り上げられる人気の竜頭・白衣・魚藍・灑水・瑠璃など三十三体の異形を、三十三身とは別に「三十三観音」とも呼ぶようです。「或る時は片目の運転手、また或る時は謎の印度人…而してその実体は。」スゴイ!これよりスゴイ!七つどころではない、一体どれがどれやら。数あるご変身の内でも迂生が最も印象深いのは遊女に変身されて衆生を救ってくれる色っぽい観音さんですね。はたまた、阿弥陀さんの脇侍の故か、小型で線の少ない阿弥陀籤を小馬鹿にして観音籤とも云うそうです。さらに罰当りなのが、頭部近くに生える肢を千手観音に見立てて、川柳などでは虱のことを俗に観音と申しております。

9,いよいよ師走に入りました。毎年の事ですが、全く実感が沸かない暢気な自分に呆れております。皆さまはいかがお過ごしでございましょうか。さて、九句目をお送りいたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。
めぐりめぐって厳しい遍路の旅は続きます。お接待のもてなしの心、寄託の気持ちを込めて、家の前でお遍路さんをお迎えします。その温かい心には誰しもが笑みを浮かべます。
山穂さま 早々で恐れ入ります。九句いただきました。札所を重ねるほどに巡礼者の顔が観音さんのように穏やかなやさしいものになっていく風情が伝わります。巡る者と持て成す側の心優しく長閑な人情が描かれていて中々に結構に存じます。有難うご在いました。
【易評釈】前句の「めぐりめぐりて」を見とがめて、観音霊場巡りの巡礼に想いを繋ぐ。が、そのまま遍路する人物を出したのでは前句の説明にしかならず興が殺がれる。そこで、もう一捻りして巡礼に報謝する側に視点を移したところがこの句の手柄。これによって次句への広がりも与えている。「軒先に茶菓子を並べ」は一見、軒先に菓子がぶら下がっているようなシュールさにも見えるが、下五「迎え出る」で、この軒先は縁先・庭先・門前など、家の表の意だと云う事がわかる。上・中でハッとさせておいて下五で納得させる其角好みの巧みな技法だ。また、ここでの茶菓子は、前句の暖か味を受けていれば、茶事に用いる小洒落た菓子ではない。いわゆるお茶請け、お八つの類で、漬物から雑穀の副食に近いものまで素朴な口取の事で、巡路にあたる家々の日常報謝の気持ちが快く伝わってくる。

10,それでは続けます。花前です。
【易評釈】百千鳥は古今伝授三鳥の一、鶯の異称。季は春。鶯は詩歌の世界では古来よりその鳴き声、とりわけ初音が珍重される伝統的な鳥だが、ここではあえて音を出さずに「寄る」で響きだけを伝える。和歌の伝統「百千鳥」に対して「藪垣」を据え、美声ではない藪鶯としたところが俳諧。霊場巡りの山道・沿道から里の平地に景を移す(場)の句。人は登場しないが、前句の巡礼報謝の人物を春待つ人に置き換えてもいる。《句意》もうそろそろだと待ちわびていた鶯が家の垣根に今年もやって来た。まだ拙い鳴きぶりだが、それはそれで一興。縁先に茶菓子など揃えてゆったりと初音を観賞しょうか。

11,百千鳥とは、多くの春の鳥があつまって囀っている様と、思っておりました。眼から土壁がはがれ落ちる心地がいたしました。では、一巻唯一の役ゆえ心を澄ませて花の句を、
藪で囲まれた閑静な居宅の風流人を訪れたところ、先方はこちらへと。行き違えてしまった。桜満開の昼下がり、お互いに考えることは同じと見える。どこぞで落ち合って花見となるのでしょう。
たゆとうとした春の日の長閑な風景と人の気持ちがつたわります。静かな春の昼下がり。結構に存知あげます。
【易評釈】「百千鳥」を鶯から春の小鳥たちに置き換え、その明るい囀りをも聴かせる展開は秀逸。打越「迎え出る」前句「寄る」の違い付に対して、「寄る」に「訪なう」で応えた相対付。前句の里の景を補完すると同時に、山からの花の便りとも面影を広げ、次句への挨拶で含みをもたせている。前句を離れれば、「訪ふ−行き違い−花」の展開は《来てみれば夕べの桜実となりぬ――蕪村》にも似て、「花の午後」が散花の後のようにも見えてくる。具体的な人物の設定がないのが、かえってその人たちの付き合いの度合い、親密さ、暮らしぶりまでをも召喚させている。人情の句としておさまりもよい。

12, さてさて、苦境に陥りましたが、早々と忘年会が16日と決定した以上長々と時を使い過ぎてはいけませんので、構想一転しまして再々十二句です。
春の季節の巡りは、誰にも平等に訪れるのに大人と子供の受け取り方は異なります。
大人世代は、春という優雅で華やかな、そして、花と美酒の組み合わせに酔いしれる術を身につけています。
子供にとっては、大地が胎動するこの季節は、自らの成長期の真っただ中で、鋭敏に体で春の生命力を捉えています。春雷の響きは、自然の神秘、生命の躍動を彼らに知らせる天上の鐘の音。(ハリー・ポッター的?)
大人が人との交歓を大切にする春なら、春を節目に成長する子供には、天との交信の季節なのでしょう。
影左さま 度々で恐れ入ります。折端頂きました。ご苦労さまでした。子供たちの春を見るまなざしが、目の輝きが澄んでいるようです。
【易評釈】「訪い」を春の訪れに、「行き違う」を春の感じ方の違いに置き換えて、「花の午後」を「春雷」で結んだ想い合わせの付け。子どもたちのつぶらな瞳に、春の到来の不思議と驚きを重ねている。前句の人物は連れを伴っていたようだ。しかも孫のようにも見える。帰りの道すがら時ならぬ雷に暫しふたりで雨宿り。幼子の瞳に春雷の閃が反映する。

13,【易評釈】雷には既に雷鳴・雷光が含まれているが、あえて轟と閃光を結んだ前句の意図「春雷鳴りて」を見切って、これは舞台効果・演出と解釈。観客は子ども。因って舞台はマリオネットの箱劇場と設定。名所・地名は表三句目「伊豆の湊」から十句空いているので良しとして、場の移りも付けた変調の句。但、苦しい付けではある。《句意》今日がデビューの操り人形師。こどもたちの反応や如何に。クライマックスの雷鳴轟く見せ場では、食入るように舞台を見ているこどもらに一安心の態。(一体何の出し物やら。こんな人形劇があるのだろうか?)
それでは山穂さま、月に続いて、またまた変てこな前句で申し訳ありません。お騒がせしますが、よろしくお次頂けますよう何卒、何卒、何卒お願い申し上げます。

14,急ぎ、十四句をお送りいたします。こじつけでしかありませんが、どうかお許しくださいませ。
路地裏ではあちらこちらで行水風景。どえらい暑さにやられても、初舞台で大失敗しても、いつもかかあ天下で操られっぱなしでも、「水をかぶって頭を冷やせばこっちのもんよ。」などと自分に言い聞かせるつぶやきが聞こえてきそうであります。
せっかく前句が美しい状況でしたのに申し訳ございません。宗匠さま、どうかご慈悲を、お通しくださいますよう心からお願い申し上げます。
なにやら急展開の兆しを含んでおられる付けですね。結構です。
【易評釈】「舞台」「路地」「操り」から庶民の暮らしぶりを引き出して、「行水」「天下」と結んだ想い付け。季は夏。春から雑を挟んでの夏。季の移りも上々の運び。プラハではどうか判らぬが、江戸の山王社の祭りは天下祭りと称し、この日だけは町民が江戸城内を練り歩くことを許されたと聞く。あるいは前句の「操り」は宵宮の夜店の見世物か、はたまた祭り当日の山車狂言の出し物でもあったか。また、「行水」は潔斎の意を含む。斎戒沐浴して神事にあたるのは古来よりの儀様。あるいはこの「操り師」は神事にかかわる役目ででもあったのだろうか。広い「天下」で操っているつもりが、実は操られているのだと云う寓意を忍ばせた句立てである。いずれにしても淡々とした初折に対して、名残二句目で展開を広げ、次句以下への波乱を期待する運びではある。それでは、遅くなりました。影左さま、由なに願い挙げます。易拝

15,足軽からの天下取りをして、友達、仲間も今は、皆家臣なるぞよとジャングル中に響けとばかり吠えるクモザルのボスは得意満面。 
その彼方にきらめくオーシャンを望めば、ややっ、真っ青な海面と天空の間に虹が二重の円弧を描いている。もちろん、ボスザルは、自分の天下取りを大自然が祝福しているものと大歓迎だが、滅多に現れる事のない二重の虹は、奢れる猿知恵に渓谷を発する空と海の怒りの二重奏のシンボルかもしれない。自然は、美しくも厳しい。

16,【易評釈】ワシントン条約違反の不心得者でもいたのであろうか。前句の天下一統の勝利の雄叫びが、一転して囚われの身の故郷を偲ぶ慟哭へと転じている。司馬遷の友人・李陵の俤もあるか。驕る平家は久しからず、世の中の栄華なぞは悠久の時の中ではほんの瞬きの間に過ぎない、と云う達観を句の下地に示唆する。『枕草子』では蓑虫を、“いとあはれ”なるものとして「八月ばかりになれば、ちちよ、ちちよ、とはかなげに鳴く」と紹介している。季は秋。「囚われの身」と「蓑虫」を重ねることによって一段と世の悲哀ともののあはれを強調した句作りである。

17,【易評釈】前句の「囚われの身」の人物を具体的に「尼僧」と置き換えた相対付け。前二句の男性、武人の趣を女人に違えてたおやかに転じている。前句の無常観を一層に引き出し、かの建礼門院徳子の俤を敷くともみられる展開。清澄にして寂寞、『平家物語』と『枕草子』を下に敷く蕪村好みの王朝物の雰囲気も感じられる出来ばえ。洛外・大原寂光院の小庵に皓々と落ちる月光に哀切が一層際立つ。因みに、徳子に仕えた藤原伊行の女・右京大夫の『建礼門院右京大夫集』は、恋人の平資盛の戦死後の追憶を主として、真情流路、哀切な歌集として名高い。

18,【易評釈】前句にやや引きづられている感はあるが、「月明かり」に照らされた「袖」口にズームアップ。尾花の代わりに月に添えるべく庭の刈萱を手折る尼僧の袖口。月光に映えて白磁のような腕が仄見える。艶麗にして妖艶。越人・芭蕉の両吟「雁がねも」の巻《足駄はかせぬ雨のあけぼの・人/きぬぎぬやあまりかぼそくあてやかに・蕉》を参考に恋句仕立ての意図が見える。もっとも、出来すぎたロケーション・秋の月夜の山里の庵は、ひょとするとかの尼僧は狐の化身かも。恋の呼び出し。

19,師走も押し迫り、二十年ぶりの大雪の便りも届く今日この頃、あと一折り急ぎまする。恋の句とのご所望ゆえに、拙速でありまするが、ご容赦のほどを。
逢いたさ見たさに〜怖さを忘れ〜、やって来ました街角へ。滑って転ぶ危険をかえりみずについ足早に。細きかいなに抱くのは、刈萱ではござりませんでしょうね、多分。クリスマスのプレゼントか。どうかよしなに。
恋を成就していただけたと思います。お手数でした。
【易評釈】「かいな」に「足」での違い付けとみせての相対付け。「手折る」に「足早に」と一連の動作の中に人物の設定と所作を同時に表現するなど付け技の冴えを見せている。恋含みの前句によく応えていて恋句を完成させてもいる。
恋句は月花と同じに一巻の花とも飾りとも云う。恋句の無い巻を無粋とするのも、進行に変化と情感をもたらし、起伏とめりはりのある一巻にする為の必須の要素であるからであろう。但し、無闇と呼び出すものではない。一巻の進行、全体を見極めてのうえの事。自句だけでなく、巻全体に常に気を配ることは、連衆たるものの心得。今巻では「囚われの身は蓑虫に似て」が恋句を呼び出す伏線になっている。蕉風歌仙においてはかなり前の句、十数句前からこの伏線を施すことも行われている。難しいこともあり、恋句は一句でれば上出来ともいわれるが、連衆の興がのれば、恋句が多いほど華麗な一巻ともなる。
■差配滞り大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。その上、勝手で申し訳有りません、明日より正月の休みに入らせていただきます。年始は4日より営業致します。次は影左さまですが、お送り頂き置きくだされば幸いに存じます。
■今年もいろいろありましたが、皆様方には大変お世話になりました。皆様方のおかげで大変豊かな一年となりました。よき連衆に恵まれたことを感謝しております。来年も引き続き楽しいお付き合いを頂けますようお願い申し上げます。どうか良いお年をお迎えください。濤青さま 影左さま 山穂さま  易平伏

20, 雪の日には、物音がしない。逢いたい人のもとに向かう駆け足になる下駄が雪を踏む音だけが万両の白い実にも届いている。万両よ、しみいるようなその音をどんな気持ちで聞いているのか。
前句の情緒を一層ひきたてていただけました。誠に結構に存じます。
残り僅か、急ぎ続けさせて頂きます。

21,もったいないので千両で購った桧の木屑、木っ端で作った下駄。これが馬鹿受け、満両の実のように価値も数も房なり。株式分割のようで恐縮ではございますが、下駄に材、満両に千両、先を急ぎますれば「ものは付け」にてご無礼致しますです。ハイ。

22.財を成しても心に残るのは煩わしさと望郷の念。都を後にして旅立ち、たどり着いた地で新たな息吹を知る。世の中には自然の美しさが、当たり前に息づいていたことも見落としていたとは。もう間もなく素晴らしい花が咲くのだろう。
急ぎ付けましたが、次の花に差し支えなかったでしょうか。
山穂さまお早いことで恐れ入ります。頂きました。
「花をのみ待つらん人に山里の雪間のしたの春を見せはや 家持」雪を割って萌え出づる蕗の薹の緑は、春の訪れを感じさせる代表的な景物ですね。木曽の山家に対して都を後にした風情。道中とも田舎に着いた様とも句が広がります。都会では季節を感じ難くなってきました。旅に出てはじめて知る季の移ろい。「草萌」で春を呼び込んでいただきました。結構です。

23,土手や畦に沿ってつくしが首を出し、若草が萌え出し、やがて静かに咲き始めた桜並木に牛が一頭日がな春風に吹かれて佇んでいいるそろそろ家路に連れ帰る夕刻が迫ってもだあれも牛を連れ戻しに現れる気配もないと、時を気にかけてまうのは都会人だけか?里山辺りののんびりとした光景です。
匂いの花、頂きました。黒い牡牛に薄紅の花の取り合わせ、絵画的で色彩溢れる、それでいて落ち着いた静謐な風景が浮かび上がってまいります。前の「牛動かずに風を見て」の中七下五も捨てがたい風情ですが、余計な事で申し訳ありませんでした。大変お騒がせいたしました。これにて影左さまも満了にござりまする。お疲れさまでした。
それではいよいよ挙句となります。長々お待たせいたしまして恐縮です。
濤青さま、恙無くお締め頂けますよう願い上げ奉ります。

24,花見帰りの土手の上、ほろ酔いでしょうか二人連れ。人も揺れ、私もゆれて見えます。足元がぐらぐら揺れる昨今のご時世。軽佻浮薄の輩の跋扈する世を斜に見て浮世三昧に過ごしませう。
いかがでしょうか
挙句いただきました。有難うございます。「黄昏」に「陽炎」、「動かず」に「揺れる」を対比させた違い付けにて、まとまりよく春の風情を表出して頂きました。一巻成就の寿ぎもあります。結構に存じますです。

これにて一巻満了にござります。途中、差配の滞り、ご無礼なる振る舞いのありました事、深くお詫び申し上げます。おかげさまをもちまして、無事良き一巻を成就することができました。これもひとへに皆々さまよきご連中に恵まれた賜物にございます。あらためて感謝もうしあげます。有難うございました。 易平伏