| 星座と神話 |
ペルセウス座
Peruseus
<ペルセウス座流星群>
この星座を有名にしているのは、年によってあたりはずれのない流星群が見られることでしょう。
夏の夜空にひときわ流れ星の多い日があります。8月12・13日にはピークをむかえて、50個ぐらい見えるそうです。年によって当たりはずれがないのがうれしい。これがペルセウス座の流星群です。かならずしもペルセウス座の輻射点から飛ぶとは限らない点が特徴です。速度も速くダイナミックです。120年の周期で回るタットル・スイフト彗星の星屑が降ってくるのです。
2001年の夏、志摩半島から東京湾に向け遠州灘をオーバーナイトで航行中が、たまたま12・13日にあたり、文字通り星降る夜を体験しました。
「アルゴル」
ペルセウスの左手に掲げられたゴルゴン・メデューサの首の額に輝く星ですが、規則的に明るさが変化する変光星です。ケフェウス型とことなり、太陽の何倍もある大きな星ふたつが3日弱の周期で回りあっていて、一方の星がめちゃ明るいので食を起こしたようになっているものです。
<ギリシア神話 英雄伝>
ペルセウスは英雄のゆえに、いろんな目にあうので話が長い。何ごともなく平穏無事な生涯を送ったでは、英雄にはなれんぞなもし。
「誕生」
誕生からして苦難なんだね。
昔々、アルゴスにアクリシオスという王がおって、別嬪さんの一人娘ダナエーをめちゃ可愛がっておった。ある日、神様にお伺いを立てたところ、「お前は孫に殺されるじゃろうよ」ということでビックらして、泣く泣く可愛い娘を幽閉して誰にも会わせないようにしてしまった。
ところがだ、大神ゼウスさんがめんこいこの娘にぞっこんで、王さんが造作をけちって雨漏りしてたんでしょう、黄金の雨に化身して入り込んで身籠もらせてしまった。

「ダナエ」1907-08年
グスタフ・クリムト作 (1862-1918) 個人蔵、ウィーン
赤子の泣き声で事の顛末知って王さんは、困ったあげく、親子ともども木箱につめて海に流してしまう。こういうことをした王さんは、因果応報ということになるんですね。
どんぶらこと流れ着いた島で、親切なデュクティスという男に拾われ親子ともども育てられた。デュクティスの兄はこの島の王で、強欲・邪を絵に描いたような奴で、美しいダナエーに言い寄るが、彼女は無論歯牙にもかけない。シッシてなぐあい。腹に一物の王にとっては、成長した体も立派なペルセウスは、煙たい存在、そこで一計を案ずる。
「ゴルゴンの首」
王さんは、宴会を開いて、家来から進物を受け取るように仕組む。人の世話になっている貧乏なペルセウスをおとしめるためであるのは明々白々。馬を所望されて、ペルセウスは、当惑し「自分の腕で取ってくることができるならば、ゴルゴンの首でも取ってこようが、馬ばかりはどうも」と弁解するが、待ってましたと、王さんその言葉尻をとらえて、「ならば取ってまいれ」、シメシメということとなったのであります。
ゴルゴンとは、頭髪がすべて蛇で、おおきく裂けた口の歯は猪のようで、翼を持ち自在に飛行でき、その顔を見た者はたちどころに石と化すという恐ろしい怪物3姉妹のことで、まともな人間なら会いたいとは思わない代物。しかもその棲むところは誰も知らず、彼女らの姉妹の三人の老婆が知るのみという、まことにやっかい極まりない。
言い出した手前行かなければならないはめになってしまったペルセウスは大神ゼウスのご落胤だから、神々が放っておかず、女神アテナを指導者に、ヘルメス神は被ると姿が見えない兜と天かける羽の生えたサンダルを与えた。ニンフ達からは切り取った首を入れる特製袋を渡される。うっかりして自分が石になっては困るから。
アテナの導きでまずは三人の老婆に会いに行く。この三婆は、三人で一個の眼とひとつの歯を共同で使うという妖怪で、入用のときは手渡しで受けて眼の穴にはめて使うという。相手には見えない兜でそーっと近寄ったペルセウスは、その眼を横取りしてしまう。そして、ゴルゴンの居場所を教えないと返さんぞと恐喝しまんまと成功、第一関門通過。
ゴルゴン三姉妹はお休み中のところに到着したペルセウスは、姉の二人は不死身だから、末のメデューサに的をしぼるが、まともには近づけない。直視すれば石になっちゃう。そこで、アテナが貸してくれた鏡のようにピカピカに磨かれた盾に写る姿を頼りにメデューサの首を切り落とし、素早く特製袋に入れる。気配を察し頭髪の蛇がうごめき起き出した姉の二人は妹の亡骸に怒り怒髪天を突き探し回るが、隠れ兜で難を逃れたペルセウスはいちもくさんに逃げ帰る。

《切り落とされた瞬間のメデューサの首》1598−99年
カラヴァッジョ(ミケランジェロ・メリージ)1571-1610年
ウフィッツィ美術館、フィレンツェ
「アンドロメダ」
母の待つ小島に帰る途中、エチオピアの上空にさしかかったペルセウスは、下界の異変を察知して舞い降りると、波打ち際の岩につながれた美女を発見、一目惚れ。いかなることかと尋ねれば、かくかくしかじか(カシオペアの項参照)、では助けるかわりに姫を頂戴とケフェウス王と談判、姫ほしさに怪物退治を買って出る。メデューサの一件で自信をつけたペルセウスは、難なく海のお化けくじらを退治する。その様子を描いた下の絵の怪物はユーモラスではありますな。

「アンドロメダを救うペルセウス」部分 1513-15頃
ピエロ・ディ・コジモ作 (1461/62-1521)
ウフィッツィ美術館、フィレンツェ
「メデューサの首」
アンドロメダと手に手をとって帰還したペルセウス。出迎えるはずの母ダナエーには大変な厄災が降りかかっていた。横恋慕の王は、ペルセウスのいないのをいいことに、ダナエーを手込めにせんと追い回し、とうとう彼女と親切なデュクティスはゼウス神の神殿に逃げ込んで神にすがる事態となっていた。神域に助けを求める者は、誰であれこれに手出しはできぬ習いなれど、ふらちな王一派は遠巻きにとりかこんで兵糧攻めのかまえで、折れてくるのを待っていた。
それを知ったペルセウスの怒るまいことか、王宮に乗り込んで、大音声。驚く王は手下を集めて刃向かわさせる。ひたひたと寄せくる多勢の敵。ペルセウスは少しも慌てない。持っていた袋から取り出したるは、ゴルゴン・メデューサの首。手に掲げれば、皆たちどころに石と化したのであります。
イタリアはフィレンツェの中心地・シニョーリア広場はいつも市民と観光客で賑わってますが、その一角に、市庁舎に面して建つロッジア(テラス)には、いくつかの彫刻作品が並んでますが、その中の主役となっている作品があります。ルネッサンスの金工・彫刻家チェッリーニの傑作「メデューサの首を掲げるペルセウス像」です。下の写真がそうです。ここで表現されているのはまさにこの瞬間のペルセウスの姿です。この像は、最近修復されて、錆が落とされ創作時の姿を蘇らせて偉容を誇ります(写真は修復前)。市庁舎前のミケランジェロ作のダビデ像(模刻・本物はアカデミア美術館に移動)と双璧をなして広場を飾っています。チェッリーニは、フィレンツェを外敵から守るシンボルとしたのでしょう。

「メデューサの首を掲げるペルセウス」1545-54年
ベンヴェヌート・チェッリーニ作(1500-71)
ロッジア、フィレンツェ
「ペルセウスの帰還」
ペルセウスは、メデューサの首を導いてくれた女神アテナに捧げます。アテナ神は以後、自分のマントの胸の中央にこの首を据えます。

パルテノン神殿のアテナ・パルテノス像 復原想像図
フィディアス作 438 BC 頃 アテネのアクロポリス
親切なデュクティスを島の王に据えて、妻アンドロメダ、母ダナエとともにペルセウスはいよいよ生まれ故郷のアルゴスへ向けて旅立ちます。
一方、アルゴスでは、「孫に殺されるじゃろうて」の神託を片時も忘れずにいた老王アクリシオスは、「ダナエの子ペルセウス帰国途中」の噂を聞いて、肉親の争いを避けるべく姿をくらまして、遙か北方のテッサリア地方の都市ラーリッサへと逃避した。帰還したペルセウスは、祖父出奔の理由を知らずに彼を捜す旅に出た。たまたまテッサリアに来ていたペルセウスは、ラーリッサで開かれる競技会を耳にして参加する。
五種競技に出場したペルセウスは、円盤投げ競技中、投げた円盤の手許が狂い、観客席に飛び込んでしまった。円盤は白髪の老人に当たり彼は深傷を負うが、その老人は誰あろう祖父アクリシオスであった。彼は間もなく託宣どおりに死んでしまう。因果応報と言おうか、仕組まれた運命というギリシア悲劇の要素が見られる話ですな。
悲しみのペルセウスは、祖父殺しの故に、祖父の地アルゴスの王にはならず、ティリンスの王になったという。その後は、ペルセウスは平穏な生涯を送ったとさ。めでたしめでたし。
だが、彼の曾孫には、はたまた物騒な英雄が出現する。かのヘラクレスである。