志摩半島・五ヶ所湾往復航海

目次
往路 夢の島→五ヶ所湾
VOC志摩ヨットハーバーで思ったこと
復路 五カ所湾→夢の島

さまざまの準備を終了して、海羚は出港を待つばかりとなるまでは、長かった。
海羚は船齢5年。壊れるところは、壊れるころ合い。長期航海に備え、整備のチェックをおこなおうとするや、実にいろんなところがいっせいに壊れてくれた。米国への部品の発注は2回におよび、整備期間は5月から6月いっぱいのほぼ2カ月間、毎週末が費やされた。会員諸兄、ボランテイアの人、ご苦労さま。
夜間航行の訓練の大島回航も終えて、出航当日の7月18日を迎えた。

往路 夢の島→五ヶ所湾  

(鷲野観察委員による報告を基にしています。)
18日10時30分 
夢の島発 乗船:中川夫妻、井上、大井、鷲野、鈴木&ジュニア、見送り人・Nさんの8名。
のどかなひととき

18日17時 三崎着 壮行会を兼ねた大宴会。レグ参加の深瀬夫人、と宴会大好きの泉澤一家3人が合流し、前途の不安を考えまいと大いにはしゃぐ。入浴、食料買いだしを済ませる。

18日22時30分 三崎発 これからMLYC初の2晩徹夜走行が始まる。
中川スキッパー以下、3名づつ2班、4時間交替でいくことに決定。漆黒の闇をついて出航。天候曇り、風そこそこ、真向かい、したがって機帆走。伊豆半島沿いに南下。夜明け前、パールレースの先行艇に遭遇。

19日6時 御子元島通過
19日は、帆走で駿河湾横断  

19日18時 時御前崎通過
快適なアビーム走行 6ノット。だんだん風が強くなり後ろに回る。
明け方に大王崎を通過するには速度を落として時間調整の必要あり。

19日22時 2ポイントで7ノット。だんだん風が強くなってきたので安全と速度調整のためメインを降ろしジブのみにする。とたんにローリングが大きくなる。ほとんどのメンバーは船酔いに苦しんだようです。一部異常に酔わない2名を除いては。
深瀬夫人は今回が初めてのロングクルーズで心配しましたが強い方だと思いました。(深瀬さんへ:こんなにローリングすることはまれであるし、昼間のクルーズはローリングがあってももっとずっと快適です)
大王埼は浪が悪い。大王埼の灯台による気象通報では、8メートルの風、波高3メートル。といっていたが、何かの間違いと思っていたが、行ってみたらその通りだった。風はもっと上がっていたので、波高も上がる道理。陸の灯も浪で見えない。朝が待ち遠しい。

20日06時 大王埼を視認後、布施田水道方向へ南下。

20日08時 布施田水道通過。最後の難関をクリアー。ほとんどのメンバーが起き出し、疲労の中にも安堵の表情が読みとれる。

あご湾をかわして、五ヶ所湾口に入る。風浪ともにピタッと収まるから不思議。素晴らしい湾だ。その奥にあるVOC目指して養殖筏をかわしてそろりそろりと進む。目指すヨットハーバーを目撃。
0度方向に灯台を視て進入。VOC志摩ヨットハーバー。

20日09時 VOC志摩ヨットハーバーに到着。指示されたポンツーンに係留。長旅の成就にホッ! ハーバーに挨拶。ここで疲れを見せずに即昼食の用意。船酔い癒えた大井さんが奮闘、10品の正餐を作成。胃は空っぽなので、ガツガツ食べる。そこに、大阪在住の武者夫妻がポルシェに乗って颯爽と登場、手ぶらで(これは後で高いものについた)。力がついたメンバーは、そこで行動に移る。

アワビの饗宴。
懸案だったアワビのステーキに、すでに頭の中が方向転換した一行は、先行する武者夫妻を追って、志摩観光ホテルへと突進したのでありました。レストラン ラ・メールで満足、満足のメンバーであったが、そこでの行状は恥ずかしくてここには書けない。

そんなわけで、これからほぼひと月の間、松坂牛だ伊勢エビだと志摩半島を走り回ることになったのである。

VOC志摩ヨットハーバーで思ったこと

VOCの海羚。五ヶ所湾の夕日。

純然たるクルージング艇がずらり。というのが第一印象。そのまま外洋航海に出発できそうな艇ばかりという感じ。これは、夢の島とは大いに異なる。
シーズンはじめということもあってか、滞在者は少なかったが、長期滞在のメンバーが見受けられた。そうしたこともあるのだろう、互いの交流が密で、見ていて微笑ましい。
我々は、たまたまヒンクリー・DRIFTYの松崎夫妻と近所付き合いをさせていただいたが、夫妻の人柄もあってのことだと思うが、暖かい心遣いに触れ楽しい思いをし、夫妻のライフスタイルに感銘を受けた。大体ひと月は滞在する夫妻の海との係わり、日々の活動(主に採取関係)には見習う面が多々あった。世界を回ってきたクルージングの話も当然貴重なお話であった。
夏の牡蛎は危ない、との認識を新たにした出来事があった。世界周航の途上立ち寄ったフランス人夫妻が、注意を受けていたにもかかわらず牡蛎を採取して食した。結果は、夫君が救急車で運ばれることとなった。大事には至らず翌日には退院したが。しかし、ここの牡蛎は実に旨いそうだ。冬にはぜひ、とすすめられた。

復路 五カ所湾→夢の島


(中川監視委員の報告)参加者 鷲野スキッパ、井上、佐藤K、中川、水野

航海内容 
8/12 井上、中川志摩到着
8/13 佐藤N、水野到着 (鷲野=8/8から滞在)
13日夜、バーベキューハウス渚亭で志摩最後の晩餐をとる。
二次会として、昼間取ったサザエ約30個を肴に佐藤K氏持参の銘酒をいただく。14日朝5時起床、二日酔い。

8/14
0530時VOC出航。
五カ所湾を出る途中海水浴場沖の桟橋で、鷲野スキッパーがノットメーター修理のため潜る。
風は10ー20ノットの北西の風。明け方曇っていたもののその後晴れ。フルメイン、フルジブでセーリング開始。ランニングで5−7ノットのボートスピードをキープ。
ローリングは往路に比べ格段に少ないものの、遠州灘は結構波が悪い感じ。

1800時頃 御前崎沖を通過。この頃から風が弱まり機帆走に移る。夜間は2本ある本船常用航路の中間を航路と平行に走る。本船の数は少なく、時として全く船がいないことがある。予定では、明るくなって石廊崎を通過することにしていたが、思った以上に捗り0200時頃通過。かなり近づかないと石廊崎の灯台の赤白フラッシュが見えない。御子元島の灯台はかなり早くから見えていたものの距離が非常に近く見えるため、おそるおそる90度の針路をとり十分かわしてから、40度の三崎に向かう。
下弦の月が夜中に昇り、海面はかなり明るい状況で心理的にも安心感がある。

8/15
1130時
 三崎に立ち寄る。ここで井上コモドアが下船。翌日の自転車レースに備え練習に行くとのこと。三崎からは風が5−8ノットでしかも真上りなので機走する。横浜までは佐藤K氏がずっとヘルムを取る。

1530時ごろ 横浜着。VOCから横浜まで約180マイル34時間、平均5.3ノット。この調子だと1800時過ぎには夢の島マリーナに着くのであるが、全員一致で中華街宴会に決まる。陸路内河氏、水野夫人&令息が合流。「徳記」にいくがあまりのサービスの悪さに、料理は注文せずビールだけ飲んで店を出る。香港路の「頂好(ディンハオ)」にで、満足できる料理をいただく。1人4000也。ここで、水野親子離脱。
「海羚」に戻り二次会を喧噪とともに執り行ううち、泉澤氏をむりやり自宅から呼び出す。手みやげはジャックダニエル。この後、各自悪酔いしながらも船中泊。泉澤氏は翌朝陸路帰宅。

8/16
0930時
 横浜発、内河氏を加え4人で、20ノットの風に乗ってランニングで帆走。

1300時 全員無事夢の島マリーナに帰着。ソファー干し、デッキ洗い、キャビン清掃を終えて、1600時解散。

かくてひと夏の冒険は終わった。
期間 7月18日〜8月16日
延べ参加人員 125人日
(参加ポイント:1位鷲野26 井上24・・・13位泉澤1)